史跡がいっぱいあります。その12

 江戸時代に西国大名が参勤交代のため、




 本国と江戸を往復するときには当時の京都ではなく、




 ここ伏見(伏見が京都市に編入されたのは昭和6年4月)を通っていました。




 そこで各大名は、伏見に屋敷を構えて旅の途中の滞在地にしており、




 薩摩島津藩の伏見屋敷も京阪電車丹波橋駅から西へ10分ほど行った




 豪川(疎水支流)右岸にありました。







 寺田屋で襲撃を受けた坂本龍馬が避難したのも、ここ薩摩島津藩伏見屋敷でした。




 なお、薩摩島津藩伏見屋敷に向かう途中で一時的に隠れた材木小屋跡が




 ここから南東約50mの対岸にあったと伝えられています。






なお、豪側を下っていき大手筋通と交差する橋のふもとにも



同じような石碑が建っています。